仏像の種類
大まかな仏像の分類は「仏像の種類」で紹介してありますが
ここでは いくつかのよく見かける仏像について少し詳しく紹介します
盧舎那仏 釈迦如来 十一面観音 不空絹索観音 新着 弥勒菩薩
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弥勒菩薩
弥勒菩薩は56億7000万年の後に如来になる当来仏です
衆生をいかに救い 仏の道に導こうかと深く考えられているその姿に
昔の人々は慈悲の心を感じたと思います
中宮寺の弥勒菩薩 は 宗教的な意味合いもさることながら
もっと人間的な優しさやまろやかさを持ちあわせているように感じます
みる人たちの心に安らぎを与えてくれます
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どんな仏様か
釈迦の入滅後 56億7000万年後に如来となるべく修行を積まれている菩薩です
法相宗の中心仏です
法相宗の教え自体は非常に難しいものですが
弥勒菩薩の修行のひとつに多くの人々を仏の道に導くというものがあり
それは 民間で「弥勒菩薩についていけば衆生は救われる」と解釈されて
現世の苦しみから逃れたいとする末法思想と結びついて弥勒信仰が生まれました
どんな形をしておられるか
「弥勒下生成仏経」には 弥勒の身の丈は千尺(300メートル)とあります
(ただし「千」は「大きい」ことのたとえなので実寸ではありません)
その経典を具現したものが中国の巨大石仏だといえるでしょう
インドから中国にかけて多くの巨大遺跡がありますが
ガンダーラあたりの巨大石仏は 修行に励んでいる菩薩として彫られていますが
中国を東進するにつれ次第に 救世的な如来に近い形で表されることが多くなります
当時の為政者は 人々をとりまとめ救うという弥勒菩薩の姿に 自らを重ね合わせたのです
弥勒像は修行する様子よりも 立派に堂々とした形で表されるようになりました
巨大石仏だけでなく 椅子に堂々と座り 脚を組みきれいに着飾った弥勒菩薩が多く作られるようになりました
| このように椅子に腰掛けた形を倚座といいます
脚を組んでいる形を交脚といいます
結跏倚座というと 椅子の上に胡坐をかいたような形になります
右側の画像はクリックすると大きくなります
敦煌莫高窟の鮮やかな色で描かれた壁画と共にある仏像です
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時代が流れ地域が移動するうちに 為政者の好みの信仰は弥勒から盧舎那仏へ移行します
唐の太宗皇帝によって竜門石窟庵の盧舎那仏が作られました
東大寺の大仏は そういった流れの終着点でした
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その間弥勒信仰は韓国などの伝播し民間の間で流布していきます
形は 巨大石仏のようにどうどうとはしていませんでしたが
小さい金銅仏の形で多くの弥勒菩薩像が作られていきます
弥勒菩薩は民衆をいかに救い仏道に導こうかという深く思案する形で表されていきます
片足を組み軽く頬杖をつかれて思いをめぐらすその姿に深い慈悲の心を感じたのだと思います
半伽思惟・・・好んでその形が多く作られていったのではないでしょうか
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どんな仏様か
不空絹索観音は密教色の濃い仏ですが、日本には密教が体系立てて入ってくる以前に
現世利益の守り本尊として信仰された仏様です
一番といっていいくらいに有名なのが 東大寺三月堂の不空絹索観音像です
不空絹索観音は変化観音として 十一面観音の後に考え出されたといいます
十一面観音の功徳だけではもの足らずに もっと多くの救済をしてくれる観音を人々が欲したのでした
絹索とは 慈悲の索なり。世間の漁網雁縄は、鳥魚、目に漏るることあるも、
この観音の慈悲の絹索には一切衆生漏るることなし。
絹網を大千界に覆い、修行者に奉化し、必ず悉地(しっち)を与えて利益を施す意なり。
この義、空しからざる故に不空という。
このように中国の仏法解説書に書かれています
つまり 必ずや私たちに漏れなく利益を下さる観音様なのです
十一面観音の利益が「十種勝利四種果報」(十一面観音の項 参照)といわれますが
不空絹索観音は 二十種もの現世での功徳と 臨終時の八種の利益を施すといわれています
ちょうど、十一面観音のそれの倍の数字を当てているのがいかにも人間の考えそうなことですね
また 個人の安寧だけでなく 国家の利益(鎮護国家的な内容)をもその功徳の中に見ることができるそうです
いかに絶大な慈悲心を持った観音様かがうかがい知れます(逆に言えば、人間の欲望は限りなく大きいとも感じます)
どんな形をしておられるか
美しさは祈りの中に(奈良の御仏たち) で 三月堂の不空絹索観音をあげています
どんな仏様かは それを参考にしてください
不空絹索観音像を見てまず目に付くのが手の本数です
多くの中国の経典によりさまざま(二臂 四臂 八臂など)ですが、日本では八臂がほとんどです
また 顔も一面のものだけでなく四面のものあり、様々な尊容を有する観音像であります(多くは一面)
首に宝冠を戴き、冠に阿弥陀仏を化す。鹿皮の衣を被り、
七宝の衣服、瓔珞、環釧、種々に荘厳し、器杖を執持せり。
と「神変真言経」という経典に書かれており、これらが不空絹索観音像を見分ける手立てになると思います
また 三月堂の不空絹索観音像はあまりにうまく作られていてその存在に気づくには時間がかかりますが
不空絹索観音像の大きな特徴として三眼があげられるでしょう
眉間に 未来永劫まで見通せる第三の眼を有し、衆生を見守り続けてくださっています
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十一面観音
いろいろな仏像があるが 千手観音や十一面観音は
その形が変わっていて目立つ仏像である
多くの経典に十一面観音は出てくるが
その中でいろいろなご利益のある仏様であると説かれているので
頼もしくまた親しみやすい仏様として 民間に深く根付いていった
多くの手や多くの目は もらさずに私たちを救ってくれることを表している
暴悪大笑面
※印は下記注釈 または十一月の項 参照のこと
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十一面観音の功徳
十種勝利・・・・この観音を念ずれば、一切の苦難から逃れることができる(現世利益) ※1
四種果報・・・・この観音を念ずれば、死後も地獄を逃れ、極楽浄土にいける(来世果報) ※2
十一面観音の形
経典に書かれている観音の様子を具象にしたものが仏像である。
赤い蓮華を挿した花瓶を左手に持ち、右手にお数珠をさげている。※3
本面は天冠台をつけ、 頭上仏は華冠をつけている。 ※3
平安時代以降の密教系の十一面観音像は腕が四本(四臂)である。 ※4
十一の面を頭上にのせている。 ※3
◎頂上面・・・・・・・・・・・・仏面(如来面・・飾りがない)
◎頭上面 正面三面・・・菩薩面・・・菩薩の慈悲の心を表している
左三面・・・・瞋怒面(しんぬめん)・・・本道に人を導くために怒って見せている
右三面・・・・狗牙上出(くげじょうしゅつ)・・・人々の善行に微笑んでいる
後方面・・・・暴悪大笑面・・・悪を暴かんために邪行をさげすんでいる
いろいろな十一面観音像
C1
F
G
A 十一面観音立像 7世紀の作か 那智出土
◎ 日本での十一面観音図像は、法隆寺の壁画が初出とされているが、この像の作年を7世紀とすれば、
それに並ぶ日本最古の十一面観音図像であることになる。製作8世紀という説が有力か。
B 十一面観音立像 奈良国立博物館 化仏を配した典型的な形 (上においてあるのがこの仏像の尊顔)
C1 十一面観音立像 奈良 法華寺・・・・・・・国宝 100センチ
◎ 光明皇后をモデルにしたとされる十一面観音。インド系仏像の影響あり。
C2 十一面観音立像 福岡 観世音寺・・・・・頭上面が一列に並んでいる。化仏なし。
C3 十一面観音立像 山形 宝積寺・・・・・・・頂上面破損しているが肩まで掘り出している。
C4 十一面観音立像 滋賀 中山寺・・・・・・・頭上面が二段になっている。化仏なし。
◎ 山中寺縁起に運慶快慶作とある。
実際は、快慶系統の仏師・快成作であることが、足ほぞの墨書銘により明らかにされた。
D 十一面観音坐像 京都 法金剛院 密教系の十一面観音像
◎ 密教「胎蔵界曼荼羅」に表される十一面観音の、ほぼ立体化と考えられる。
E 千手観音像 滋賀 延暦寺・・・・・・・国宝 51センチ
◎ インドからの渡来仏(檀像) 台座連肉まで一木より掘り出されている。
F 九面観音立像 奈良 法隆寺 37.3センチ 唐代の作か
◎ 日本の檀像彫刻の基本となった仏像。
頭上面はもとより瓔珞の七宝にいたるまで一木より掘り出されている。
菩薩面二面・笑面二面・憤怒面二面・大笑面一面・如来面(頂上仏)に本面を加えて、九面とする。
法隆寺資材帳に「檀像壱具・・・」とあるものに相当し、
八世紀初頭に法隆寺に安置されていた請来仏とされている(制作年代、製作地は確定されていない)。
G 十一面観音立像 岡山 渡岸寺(向源寺) 国宝 177センチ 平安期
◎ 本面をいれて十一面とする異形の観音像。
過大な頭上面の配置、仏像の表情や姿形、荘厳の仕方などに、多分にインド的な要素が感じられる仏像である。
特に、インド系の仏像には必ずついている耳鐺 (耳飾り)をつけている点、
頭上だけにおかずに、顔の側面に憤怒二面におく点などが、当仏像の特徴として挙げられる。
また、普通は頂上仏は仏面(如来面)で表されるが、この像は菩薩面として表されていることも特筆されるべき特徴である。
>>注釈
※1 十種勝利 現世利益の功徳のこと
病気をしない・諸仏に常に守られる・財物食物に欠乏しない・怨敵を打ち破る・慈悲心を得られる
虫害・熱病を免れる・刀杖から守られる・火難を避けらる・水難を避けらる・横死しない
この十種の現世での利益を、十一面観音を拝むことで得られるとする。
頭上面(菩薩形で表される十面・・宝冠をつけた面)が、十種勝利に導いてくれる。
※2 四種果報 来世で得られる果報のこと
臨終の際に諸仏が現れる・地獄に落ちない・禽獣に害されない・無量寿国に導かれる
この四種の死後の果報を、 十一面観音を拝むことで得られるとする。
頂上面(仏面・如来をかたどっている)が、四種果報をもたらしてくれるとする。
※3 十一面観音神呪経 に基づく 阿地瞿多(あじくた)が漢訳
以下 日本語訳抜粋
「白檀を用いて像を作ること。木は精実でよく枯れていること。身長を一尺三寸、十一頭を作る。
当前三面を菩薩面、左廂三面を瞋面、右廂三面は菩薩面を以って狗牙上出し、後の一面は大笑面を作り、頂上面は仏面とする。
面はみな前に向かい、後光をつける。その十面は、各華冠を戴き、華冠中に各阿弥陀仏がある。
観世音は、左手に華瓶を持ち、瓶の口より蓮華を出す。右手を展べて瓔珞を吊く施無畏手である。
その身像には、すべからく瓔珞荘厳を刻出すべし。」
※4 十一面観音自在菩薩心密言念誦儀軌経 に基づく 不空が漢訳
以下 日本語訳抜粋
「右手第一手は念珠、第二施無畏、左手第一は蓮華、第二は軍持(唐瓶)・・・・。」
私たちの先輩 釈迦如来
私たちの世界で はじめて如来になったお釈迦様をかたどった像です
お釈迦様はもともとはゴーダマシッダールダというインドの王様でした
彼が出家して修行を積み 悟りを開き 人としてはじめて如来になったとされているので
その像にあやかりたいと思う人の気持ちが 彼の像を多く作らせました
その後インドや中国でさまざまな仏の概念が生み出され いろいろな仏の像が作られていきます
それらの仏像は 仏教が日本に入った時と時を同じくして日本に渡ってきました
渡来した仏像を真似て 多くの仏像が作られていくことになります
でも 飛鳥時代くらいまでの仏像は 仏教が日本で体系だてられていないため
はっきりと何仏の像であるかわかるものばかりではありません
上の二つの形 あるいは三十二相をかたどったと思われるものが釈迦如来像の典型としてよいでしょう
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中心的な存在 盧舎那仏
左図は 奈良東大寺大仏(盧舎那仏)右図は円成寺の大日如来です
前者は華厳経の経典により 後者は密教の教え基づき 形作られています
この大日如来は 密教金剛界の中心仏なので智拳印を結んでいます
盧舎那仏は 施無畏与願印です
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釈迦によってひろまった仏教は 個人の修行のためとしてあるだけでなく
時代が進むにつれて 学問的にも観念的にも発展していきました
誰でも悟りを開けば仏になれるという教義を推し進めると
無数に生まれる仏を統合する すべてを掌握する仏の存在が考え出されました
それは あくまで概念としてあり形のない「宇宙真理」とも言うべきものです
インドの人たちは その観念を「バイローチャナ」と名づけました
その考えは日本に伝わって 仏の一番上に存在するものとして
バイ→毘 ロー→盧 チャ→舎 ナ→那
と漢字で読みが当てられて人々に広まりました
そして その観念を具現化するものとして大きな仏像が作られるようになり
盧舎那仏と呼ばれるようになりました
少し時代が進んで 密教の教えが広まってきます
密教では「バイローチャナ」を音でなく 言葉の意味からとらえました
バイ→偉大な ローチャナ→太陽(日)のような存在 といった意味でした
ここに大日如来という言葉と 仏(観念)が生まれ それを形に表すために仏像が作られました
大日如来は 胎蔵界金剛界両曼荼羅の中心仏として形作られています
「バイローチャナ」という宇宙真理概念が 時代を経て 人の思考を経て教義となり
二つの大きな仏の形になって 私たちにその存在を教えてくれているということなのです