COLOR & LIGHT  in rainbow 
絵を描きながら 何を感じていたのだろうか 何を描きたかったのだろうか



色について

私は絵を見る時に いろいろなものを見て いろいろなことを考えています
それは 形であったり 全体の構図であったり 時代背景であったりしますが
理屈や考えを超えて 真っ先に気持ちに飛び込んでくるものは 色です
そしてもっとよく見ていくと その中でも一番きれいに輝いている色が浮き立ってきます

虹は七色というのが定番になっていますが でも 実は色の境目などはなくて 
虹は無数の光が色となってあらわれているだけなのだと思います
そのことを絵に表そうとしたのが 印象派の人たちの表現方法でした
その中でもモネは虹色の画家といわれるくらい 色の表現にこだわった人でした
彼は パレットの上で色を混ぜずに 絵の具の色そのままをキャンバスに置いていきました
そして キャンバスの上に自分の目に見えているものを再現しようとしました


                  

          出来上がった絵は だから まさしく彼の目で見た景色そのものです


印象派以前の絵画は 個々の中にはさまざまな画家の思いが込められていますが
「絵画」というもの自体は 権力の象徴であったり 特権階級にだけ属するものでした
作画方法も アカデミーの中で襲踏されたものがよしとされてきました
印象派の画家達のすごいところは それまで絵画を取り巻いていた理念とかを方法をこわして
自分の目で 自己表現としての絵画表現を試みたところだと思います
モネの目で見た景色というのを 私たちが体験できるのはすごいことだと思いますし
それを表現することにすべてを捧げたことに 私は驚嘆するばかりです



でもどうでしょう
私には どう目を見張っても モネの絵のように 景色の中の色がばらばらに見えることはありません
虹の色がちりばめられた景色は 目に映りません 色は色として存在しています
そして 空気はどこまでも透明だし 光はどこまでも輝いています
その色によって表された自然 花や木や山の色の美しさに感動します
その感動を素直に感じられるものが私は好きです

                 

          同じ建物や水辺の景色でも 私の目に見たものと近いのは これらの絵です


つまり 私にはモネの視線が きれいな花の咲く池や教会を見るのに 邪魔になるのです
色が分解されてしまうと 私の感じる気持ちまで ばらばらにされてしまう気がするのです
それは セザンヌの遠近法をこわす画法の中に感じる居心地の悪さにも通じます

「絵を描くことにこだわる」というのはどの画家にも共通するのは当然の事だと思います
でも 何にこだわるのか 何を表現したいのか どう表現したいのか は さまざまです
モネやセザンヌは「技術的に描く方法」にとても重きをおいているように思います
心がこもっていないとは 恐れ多くていえないし そんなことは とうていないでしょう
私には 技術とか技法が目につきすぎて 彼らの気持ちまでたどりつけないのです
あるいは彼らの思考が絵の中に入りすぎていて 私の感じる心が動けなくなっているのかもしれないです

彼らにとって 絵は手段でしかないのかもしれない
絵の中にいるのが 彼らそのものならば私はもっと好きかもしれない

「描くこと」が手段ではなくて 「描くこと」自体が目的であるような画家
そういった画家の使う色は 私には生き生きとして見えます
色が道具でなくて 画家の体の一部のようにほとばしり出る時に
そして それを感じる事ができた時に 私はとても感動するのです


color of rainbow
red orange yellow green blue indigo purple white
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piture introdution
Water Lilies................Claude Monet:1916:Oil on canvas, 200.5 x 201 cm
Cathedral...................Claude Monet
Cathedral of Saint John.....Pieter Jansz Saenredam:1646:oil on panel, 1.289 x .870 m 
Landscape with Children ....Danby Francis:23 in. x 28 in

+++++ go-taku +++++
つまり わたしはモネとセザンヌが嫌いなんです
つまり好みの問題だけ・・・ともいえるわけです

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