ウィーン世紀末 三人の画家   この二つの絵は よく比較されます 左はクリムトによる抱擁 右はシーレによる枢機卿と尼僧 です   この二つは あまり比較されることはありません 左はココシュカの風の花嫁 右はシーレの死と少女 です

どちらの絵よりもシーレのほうがあとに作成しています
おそらくシーレが両方の絵に刺激されていたことは想像に難くありません

ただ あえて同じような構図をとることで 彼は独自のものを表現したかものかしれません

抱擁には 私は包み込まれるような官能の匂いを感じます
それは あくまで美しくて至福の悦びです 
多くの女性を愛したクリムトならではの女性表現です
目を閉じた彼女の顔に そのずべてがあらわれています

枢機卿と尼僧は ヴァリーとの仲が進行中であるにもかかわらず
二人の間に一体感など微塵も感じられない作品です
女はおびえ 男は無表情です

私は クリムトの絵には暖かさを感じますが シーレのそれには温度を感じることがありません

クリムトは性そのものを 美しいものととらえそのことを表現したのだと思います
それに比べシーレは 性を行う人間を表現したかったのだと思います
クリムトは行為から生まれる「愛」を シーレは行為に向かう「欲情」を描いたのでしょう
行為のさなか 人は他者と一体である感覚にとらわれますが
シーレは 彼の烈しい激情の中にいてもおそらく そういった一体感を感じなかったのだと思います
体が近くなればなるほど 心は孤独の中に落ちていったのだと思います

その孤独の先にあるものは 死 であったろうと 私は考えます

風の花嫁はココシュカがアルマとの別れの時に完成されました
はじめは 華やかなピンクで彩られていたこの絵は 二人の仲が終焉を迎えるのに平行し
グレーの色が上塗りされていきました
それは 彼の心の色の変化でもありました

死と少女はシーレとヴァリーの関係が終わる時期にかかれました
今まで描かれたヴァリーとちが違い なんとかぼそく頼りないことか・・
腕は異様に白く伸び 男の体をつかんではいるが もうすでに二人の心は離れているかのようです

二人はもう 抱き合うことの中に 互いの存在を見出せない
いや 一瞬に消えるそれを 幻とわかってしまったのかもしれない

どちらの絵も 見つめるまなざしはうつろで 中空をさえつかんでいません
これかのいくさきも 見据えようとはしません
ただ その時の 肌の重なり合いだけが 生きている証なのかもしれません

++++ un-chiku 1++++ グスタフ・クリムト Gustav Klimt 1862.7.16〜1918.2.6 貧しい彫金師の息子として生まれ 奨学金を得て美術工芸専門学校に学ぶ 弟エルンスト、友人フランツ・マッチュとともに「コンパニー」を設立 彫刻家ロダンらから決定的な影響を受けて、独自のスタイルを確立 初代総裁としてセセッション発展、若手育成に尽力 生涯結婚せず エミーリエ・フレーゲを伴侶としたほか モデルの多くを愛人とした オスカー・ココシュカ Oskar Kokoschka 1886.3.1〜1980.2.22 奨学金によって美術工芸専門学校に学ぶ、 クリムトや彫刻家ミンから大きなインパクトを受け早くから独自の画風を確立 ウィーン工房のほか、ベルリンの雑誌「シュトルム」にも参加 作曲家マーラーの未亡人であったアルマ・マーラーとの恋愛関係が破綻した後、第一次大戦に従軍して負傷 ココシュカは、表現主義への道を開拓するとともに、世界的規模で、現代美術に大きく貢献。 エゴン・シーレ Egon Schiele  1890年6.12〜1918.10.31 トゥルン駅長の息子として生まれる 提出作品が優秀だったため、美術工芸専門学校の薦めで1906年直接アカデミーへ進学 ロシア人捕虜の管理に当たった戦争中も制作を続け ドイツ各地の展覧会に出品 ココシュカに次ぐ国際的成功が期待されたが、戦後ヨーロッパを席巻したスペイン風邪のため夭折 ++++ un-chiku 2++++ クリムトの最初の恋人であったアルマは 音楽家マーラーの熱烈な愛を受け結婚生活を送る マーラーの死後 彼のデスマスクを描いたココシュカは 依頼人である彼女に熱愛をささげるようになる しかし アルマはその後 建築家のグロピウス 小説家のヴェルフェルなど 当時の名高き芸術家の心を奪っていく    マーラーが彼女にささげた言葉 :死がなんだって言うんだ!君への愛は、僕の音楽とともに永遠に生きるんだ! ++++ ban-gai++++ 「抱擁」「枢機卿と尼僧」の男性の頭部は 男性のそれである ・・・というのは けっこう有名な話かも・・・ museum