わたしの中のエッシャー




1977年 今から四半世紀前 はじめてエッシャーの絵が日本に来ました

その時に買ったカタログは もう ぼろぼろになってしまっています

いつも 思い出しているわけではないけれど 時たま

無性にエッシャーの絵を見たくなるときがあります

どうしてなんだろう どこにいくのだろう どこまでつづいているんだろう

そんなことを考えているうちに 不思議と 心の中が 静かになって

自分に戻れる気がします

決して 晴天のすみわたった空の下ではないけれど

私はここにいるんだと思える瞬間です



エッシャーの絵を見ていると いろいろなことが連想されます

生命の連鎖であったり 永遠性であったり 神秘の世界であったり・・・

エッシャーは そういったものを伝えたくて 版画を作りつづけたのでしょうか

答えは 否(いな)です・・・彼はこう 考えています



私はこれまでに神秘的なものを描こうとしたことなどまったくありません

見るほうで意識的 無意識的に騙されているのにすぎません

わたしは ずいぶんとたくさんのトリックを仕掛けてきましたが

それは「夜の暗黒の中で私が見たものを どうやってうまく紙の上に 再現できるか」

という試み以外に 他意があったわけではありません



どうエッシャーの絵を読もうと それは見る側の心を映しているに過ぎないということなのでしょうか

エッシャーは まったく自分だけの世界で 自分をみつめ 自分を描きつづけていたのかもしれません

その「ひとりである感覚」が 麻薬のように 私をひきつけるのかもしれません


こう考えると ここに紹介してきたエッシャーの絵は エッシャーの絵であるけれど

そこに放り出された「私」なのかもしれないと 思い至ります

エッシャーが 夜の暗黒で見たものを 永遠に私は見ることができないでしょう



私は 私の心の闇の中でしか これらの絵を見ることができない

私はエッシャーの絵の中で 音もなく正確に描き表された遠近法のかなたに消え入ってしまうのだろう

きっと そうなのでしょう






・・補遺・・

ここに 1頭のドラゴンがいます
あたかも 生きているかのように 「立体的」に描かれています
でも あくまで これは平面に描かれたただの絵です
二箇所に切れ目をいれたら このドラゴンは どう生きていくのでしょうか
絵をクリックしてみてください




ながらくエッシャーの世界におつきあいいただいてありがとうございました



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