平和記念像・・北村西望 虹 雑記 2002.4


長崎の平和記念像を作った人のアトリエが東京にあるなんて知らなかった。
アトリエの中にはいってみて、あらためて、彫刻を作ることというのは体力勝負なのだと実感する。
北村西望は彼独自の方法で、彫刻をつくったらしいことがわかった(細かいことは私の知識がないのでわからない)。
時代に生きた彫刻家らしく、軍人像や歴史人物像などが数多くある。
それらを生きる糧にしていたんだろう、と友人と話す。
彼自身の作りたかったものというのは、表現はロダンなどの影響下にあることがわかる。
先週、ロダンを見ていたから、今回の作品のそこかしこにロダンのにおいがした。
ただ、守衛にしても光太郎にしてもそうだが、この北村の作品も、ロダンには感じられない細やかな精神が感じられる。
非常に日本的な感覚なのだろうか。
光太郎の中には仏師だった父の血があるし、守衛には風土環境に耐える抑えた情熱がある。
北村には、時代に翻弄されながらもけなげに生きていく秘めた力を感じる。
同じような大胆な構図をとっていても、彼らにはロダンのような、ものすごいエネルギーの発散がない。
そのかわり、内に秘めた(凝縮された)エネルギーが、像全体を引き締めて、いぶされたような輝きを放っている。

この彫刻館に案内してくれた友人の息子さんは今、日芸の彫刻科で学んでいる。
先日私がロダンを見て驚いた手足の大きさ、あれは彫刻を作る上でのセオリーだそうだ。
手足や鼻を大きく作るのは「教科書どおり」の方法らしい。
ただやはり それが不自然でないぎりぎり線を保ったり、造形的に優れていなければならず、
そのあたりが非常に 個人の技術と感性を必要とされるところなのだと思った。

北村の作品のなかで、日本画から抜け出たようなねずみや鶏などの小作品があった。
それらを見るのは、なにか心がほっとする瞬間だった。

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