美しさは祈りの中に

              

これらは 高村光太郎の作った 小さな作品たちである
このじゅうしまつは とくに智恵子が愛し 
いつの着物の袂に入れて 持ち歩いたと言う



光太郎の「美について」という随筆の中に ・・人は永遠をもとめて 祈りを込めて 木に思いをきざむ・・と言うような一説がある 学校の机や 神社の柱に 好きな人の名前と自分の名前を並べて彫ったりするのは 終わりのない時の流れの中の 自分のこの一瞬の思いを残しておきたいことのあらわれである わたしの思いがあった記憶 わたしの命が確かにあったことの記憶を 永劫のなかに記しておくために・・・ 永劫の時の流れを感じる時 わたしたちは いかに自分の命が小さいものかを思い知らされる 人智を超えた力の前に わたしたちは ひれふし 言葉を失う 命のあることに 感謝が生まれ 祈りが生まれる 神さまが いるのかいないのか わたしには考えが及ばない だがしかし 時の流れや 季節の移ろいの中で 自分の命のあることを感じる時 なににもとらわれない 暖かな空気に包まれたような やさしい気持ちになれる どんなものにも 命を感じ 神を感じることができる どんなものにも 祈りを込めることができる
仏像は 美術に属するのか 宗教に属するのか いつも考えていました すこし年をとって あらためて考えてみると 人が何かを感じる心というのは どんな色で表れたとしても  その根底にあるのは 命をいとおしむ気持ちに行きつくように思います どんな形の作品であれ それはその人の生き様そのもので 自分の命に直結した感情の表現であると思えてきます 命をいとおしんだり それのあることを感謝したり 時には後悔したり いろいろな形で わたしたちは 自分の命を生きているのだと思います その時々の 胸から胸への 思いを込めて・・・ 長い間 私の好きな仏像の紹介にお付き合いいただきまして ありがとうございました
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