美しさは祈りの中に

慶派の作品たち

筋肉が生きている 表情が生きている

力がみなぎっていて 眼光鋭く 輝いている




ここにあげた 三つの像は いわゆる仏像とはちょっと違っています
奈良 平安と 仏師が個人的に仏像を作っていた時代を経て
鎌倉時代に入ると 武士の手によって仏像が作られていきます
もちろん 武士自身が直接作ったわけではありません
運慶快慶という親子を中心とする仏師の一派が工房を構え
そこで 多くの仏像が作られていったのです





奈良平安においても 仏教は権力誇示のために使われていましたが
仏教は まだ目に見えないものに対する畏敬の念を抱かせるものでした
鎌倉になると 武力によって権力をいじする傾向がいっそう強くなったため
仏像も その力をあらわすものが多くなりました






武士たちは 仏像の持つ宗教性よりも 多くの仏像を寄進することに意義を感じていました
寄進することで 自分たちの力を示したかったからです
寄進できることは 権力と財力の象徴でした
そうした歴史背景の中で仏像に対する要求は 「祈り」から どんどん離れていきました









このページの画像は うまくスキャンできませんでした みにくくてごめんなさい
慶派の中心人物 運慶のつくった 大日如来へとつづきます



そして 祈りは美しさの中に…
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