美しさは祈りの中に

アジア大陸の中ほどのガンダーラ地方で
シルクロードを通ってやってきたギリシャ彫刻と出会った仏教が
釈迦の姿を形にして その教えをひろめることをはじめた
その時に 仏像は生まれた
釈迦が入滅して300年後のことだった





そして 大陸の東のはしへと続くシルクロードをこえ 朝鮮半島をこえ
仏像は仏教の教えとともに 海を渡って 飛鳥時代に日本にやってきた
日本で初めて 銘のはいった仏像である釈迦三尊像は 聖徳太子鎮魂のために作られた
今から1500年前のことである



仏のまとう衣は 写実的というよりは造形的<であり
左右対称に近い衣文が仏像の安定性 仏の恒久性を表している





同時代に作られた百済観音
その名からも 朝鮮半島から仏像がわたってきたことを私たちに伝えてくれる



この像は 背丈が2メートル程だが とても ほっそりとした美しい姿をしている
光背が体の細さに比して大きいが 足元に揺れるように降りている衣によって均衡が保たれている
また 横から見ると 体の線が緩やかなS字を描いており
その流れるような線が ろうそくの煙がゆらゆら空に昇っていくごとくに
幽玄さを この像にもたらしている
水瓶を持つ指も美しい

匂い立つような女性的な姿の仏像である







釈迦が入滅した当初は 釈迦を像で表すなどということは 恐れ多い事と考えられ
足跡(仏足跡・・ぶっそくせき)など「見えないけれどもある」ものとして 表されていました
像を作り出した時も 人をかたどるというよりも その偉大さを表す事が目的であったため
目を額にもうひとつつけたり(インドに多い)手足を大きくしたりしました

しかし 日本の仏教は すでにその教義の伝播そのものよりも 時の権力者の道具となってしまうため
仏像も本来の目的からとおのいて
奈良の大仏のように護国安泰の道具として使われていくことになります

しかし それでもなおかつ 時代を超えて人の心をひきつけてやまないのは
それらを作った仏師の心が 祈りに近いところにあったからだと思います
そして 祈りは美しさの中に…
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