thanks to eiji Narcissus
 

すべて 早期のものには 脆さと清らかさと稚拙さがまつわっている
しかもそこには 強い脆さというべきものがあって
爛熟期のものにはみられぬ真情が息吹いている
水仙という花には それらが結晶している観がある
(M.YUKIO)

河神ケピオスと青い水の精レイリオペノ間に生まれたナルキッソスは 思えば 死ぬために生まれてきたような少年だった **** 16歳のナルキッソスは 自からの美しさの外には出ようとせず 彼に恋焦がれるエコーに振り向くこともしなかった エコーは 実らぬ恋に声だけを残して 小川の石となった そんなエコーを哀れんだ妖精たちは ナルキッソスに 自分以外のものを恋するように そしてその恋が実らぬようにと のろいをかける しかし 彼は 今までただ見とれているだけだった水面に映る自分に 本当に恋して 当然その実らぬ恋のために 身をやつし 彼のいたところには 一輪の水仙の花が残ったのであった **** 水面に映る「うつし姿」に人の魂は宿るという 水仙の花になることでナルキッソスは 魂と肉体をひとつのものとさせたかったのではなかったか そしてそれは 死を意味することではなかったのか 少年は 大人になることを 拒んだのではなかったか 一節には ナルキッソスには双子の妹がいて 彼はその妹に実らぬ恋をしたのだ という節もある いずれにせよ 実らぬことをものともせずに 彼は 花に変貌した
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左はカラバッジオの描いたナルキッソス 右はダリの描いたナルキッソス ダリのナルキッソスは 今まさに 水仙の花になろうとしている 灼熱の荒野で 今にも蒸発しそうな川のほとりで どことなく 苦悩しているようにも見え カラバッジオのナルキッソスは 本当に自分の恋をしている お芝居のクライマックスで 陶酔している役者のように 心の中には もう花が咲き そして 卵から生まれた 水仙の花は 脆さと清らかさとを 強さを影に 兼ね備えている いとおしい面持ちで 川辺の水仙を無心に摘む この女性は誰だろう もう一度 人間に戻れたエコーだろうか 「 もう絶対 ナルキッソスは 私のもの 誰にもあげない 」 川原の石が そうつぶやいた click me
piture introdution Echo and Narcissus ...John William Waterhouse Echo and Narcissus ...poussin Narcissus...Karavaggio Metamorphosis of Narcissus ...Salvador Dali Narcissus ...John William Waterhouse +++ UN-CHIKU +++ 心理学的には ナルシズムに浸る ナルシストたちは 「自己愛人格障害」であるとされています (ま ヒトラーや三島くらい その度が越せば・・・の話ですが) つまり 他人を愛せない という欠陥を持っているということです フロイトによれば 人のリピドーの発達(性的発達ということ)は 自体愛 …> 自己愛 …> 対象愛 と 進んでいくのが理想であるとしています 何らかの理由で(おおむねは 育ってきた家庭環境であるかと・・) 自己愛で発達が止まった状態にあるのが ナルシスト であるとしています back museum