古美術探訪 ひとりあるき

法隆寺 回廊内にはいつも斑鳩の風が吹き抜ける・・の巻  用語解説 (*)・・・この印のついた言葉には解説を添えました 戻る
学生の頃 幾度となく訪れていた法隆寺だった 聖徳太子ゆかりの寺 聖徳太子鎮魂の寺 斑鳩ロマンの寺・・ いろいろな形容詞がJRのディスカバージャパンの宣伝とともにあふれていた それに踊らされている部分も確かにあったのだけれど とにかく斑鳩法隆寺が好きだった 何が好きかといえば それはうまく言葉にならなかったけれど 法隆寺の西院の回廊の内側にいると なぜか心がすっきりするのだった 何を見るともなく その場を去りがたく 一日を法隆寺で過ごす そんな贅沢な時間をもてたのも学生の特権だったろうか いつも観光客であふれている回廊内も ある時ふっと 人気がなくなることがある その瞬間 私は地面をはうようなさわやかな風を足元に感じ その風は私を吹き抜けるのだった 法隆寺の何をあんなに好きだったのだろう・・そんな答えを知る必要もないけれど 最近になって古建築のことを少し調べるようになっても その答えは出ないけれど それでも 少しの知識がまた 私を法隆寺から動けなくしてしまうのだ  法隆寺 中門 法隆寺はまず南に大きな入り口である南大門(*1)から始まる この門には 鎌倉時代の意匠である花肘木象をかたちどったような木鼻模様が施されている 法隆寺というと 奈良時代世界最古の木造建築であると誰でも言うが 実は法隆寺全体の建物の中で 創建当初の様相を残している建物は数少なく  金堂・五重塔・中門がその例であり それもまたこの門のように多くの後補がなされているのである 南大門をくぐると 前方に中門が見える(上の写真) 私はこの門の仁王像が好きだ やはりこの門も後補が多いが 欄間(*2)や軒先などに創建当初の形がしっかり残っていて 専門家の方たちのかっこうの研究材料になっているらしい この門は普通の門よりも奥行きがあったり 間口が四間だったりして なぞめいて感じる そのなぞめいた感じに 若い頃の私もひきつけられたのだけれど ちょっと本などを読めば それらは「謎」というほどのものでないとわかり 少しがっかりもする・・ この門から回廊が伸びていて 現在はは 経蔵・鐘楼・講堂をつなぐ形でぐるりと金堂と五重塔を囲んでいる 創建当初は 中門から出た回廊は金堂と五重塔だけを囲んでいたらしい それは 金堂(本尊をまつる建物)と五重塔(仏舎利を収める建物)の神聖を保つために必要なことだった 回廊は はじめは神聖な場所とそうでない場所を区切るためのものだったが 寺院自体が様々な役目を担うようになって  次第に通路としての役割が重視されてきたのではないかと私は思っている     回廊の内側にある五重塔と金堂 経蔵と講堂   回廊の内側の様相と外側の組物 回廊の内側をみると すっきりした形の虹梁と叉首(さす)で屋根が支えられているのがわかる 時代が下ると叉首組も 京都のお寺にあるような繊細な意匠になるが この媚びのない簡素さが私は好きだ 叉首は短い束(つか)で支えられていて 上に大升と三斗で屋根の棟木をしっかり支えているのがわかる 柱の上にのっている組物は 法隆寺にしかない形のものだ 柱のすぐ上に 皿升(カップアンドソーサーのような形にもの)(*3)がのっており平三升をうけている 飾り気のない簡素な形で突き出している虹梁鼻は 私にはとても品のあるきれいな形だと感じられる 経蔵の妻飾り(*4) 回廊内の正面にある講堂の向かって左側にある経蔵も 私の好きな建物だ 全体のバランスがとてもきれいな建物で これも金堂などに続き古い建物のうちのひとつである 右側にある鐘楼と対になっている建物であるが 鐘楼はもう少し後に建てられたらしい その時代考証のヒントとなるのが妻飾りで 経蔵のものは東大寺の転害門などに似た素朴な形だ この妻飾りの形を二重虹梁蟇股(かえるまた)(虹梁が二重になって それを蟇股(*5)でつないで屋根を支える形)と呼ぶ 鐘楼の蟇股 は 私たちが近所の神社などでもよく見かける蟇股に近い形になっている この経蔵は天平の初めの頃の創建らしく 天平文化のおおらかな感じをよく伝えていると思う 法隆寺の西院の伽藍内部の見所といったら やはり雲型斗と雲型肘木だろう 屋根を柱の上で支えるために必要な材だがこのようにきれいに雲の模様を彫ってあるのはめずらしい ほんとうに 世界でここだけにしかない意匠なので ぜひ見るべきものだと思う 金堂の雲型の組物(*6) 私の技術のなさでピントのぼけた写真でも雲型に筋彫りがなされているのがわかる 少し後に作られた中門の組物は 形は雲型をしていても 彫りが入っていない なんだかちょっと間の抜けた感じがしてしまうのは わたしだけだろうか・・    中門の雲型の組物 法隆寺金堂は建築物としては失敗作だといわれているらしい 力学的に屋根を支える構造に無理があり  そのために後世 一階部分に裳腰をつけて安定を良くしたり  上層の屋根につっかえ棒を入れたりしているそうだ それでも 千年の時を超えて今もなお私が行けば いつも法隆寺はある そのことが私には 本当にすごいことのように思える 近寄って 屋根や屋根裏を見上げてその精巧さに目を見張ったり 離れてみて 全体のバランスのよさにうっとりしたり 少しの知識を持ってみてみると またそのすばらしさに感嘆してしまう でもそんな私のちっぽけな思いとは関係なく 法隆寺西院は黙々ととそこにあり続け  過ぎてしまった時の数々や 通り過ぎていった人々を包み込んでいる 法隆寺には不思議な力がある 誰もいなくなった瞬間に 私に向かって吹く風は すぐに私を通り抜けるけれど 私に斑鳩の心を伝えてくれる気がする