PARAGONE in rainbow 
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マリア様と摩耶夫人
※ 太字について・・BUDDAの用語集に説目があります
マリア様はイエズス様のお母さんです 摩耶夫人はお釈迦様のお母さんです マリア様は穢れのない庭園で糸をつむいで育ち 純真無垢のままイエズス様を身ごもります ある時 大天使ガブリエルが聖霊とともに彼女の前に現れて 一輪の百合の花を手渡すのです この受胎告知の場面は聖書のお話の中でも 特に愛されてきた主題で 多くの絵画になりました マリア様と大天使ガブリエルの後ろに広がる庭園や百合の花や糸巻き機などは彼女の純潔を示します マリア様がその次に描かれるのが 上にあげた「イエズス様の誕生」です 大体は馬小屋の小さい飼葉桶の中にいるイエズス様をマリア様と羊飼いたちが見守っている図像が多いです マリア様は神の子の母として 気高く美しく描かれます 三博士の礼拝の場面でもマリア様とイエズス様は毅然としています でも このジョットの「イエズス様の誕生」の絵のマリア様はどうでしょう まるで どこかの産院の病室のベッドの一場面のようです 生まれたての赤ちゃんを心配そうに でも深い慈愛をこめてみつめているお母さんの姿です ジョットの絵は ぱっと見ると硬い表現の絵のように感じますが 少し目がなれてくると 人の心の細やかな動きの瞬間を実に上手にとらえているのがわかります この絵の中でマリア様は出産を終えて ほっとしている女性として描かれているように私には見えます マリア様は私と同じようにお産をした人なんだと思ってしまいます では摩耶夫人はお釈迦様を産んだ時はどのようだったのでしょうか お釈迦様は人間界で仏陀になられた最初の方だとされています インドの釈迦族のゴーダマシッダルダという王子でした 彼が悟りを開いて涅槃を迎えたあとに さまざまな伝説が生まれました その中でも有名なのが 彼の誕生のいきさつでしょう 釈尊(仏陀になられたシッダルダの尊称)の母である摩耶夫人がある時 昼寝をしていると 兜率天より白象に乗ってこの世に下りてきた釈尊が 摩耶夫人の左脇より胎内に入ったというのです そしてまたある時 池に青い睡蓮の咲くルンビニーという庭で 無憂樹(むうじゆ)の花を手折ろうと 夫人が右腕をかざした時に その脇の下から赤ちゃんのお釈迦様が誕生したというのです その時にすくっと立たれたお釈迦様が「天上天下唯我独尊」と言ったと言うのは あまりに有名な話です つまり 摩耶夫人はお産の苦しみを知らずにお釈迦様を産んだことになります 神聖であるべき神の存在・・ 中世美術では 神をこの世のものとは思えない存在として描くのが通例でした それはその誕生の場面を描く時にでも同じことが言えたでしょう そのようなキリスト教美術の流れの中において  とても身近な存在としてのマリア様やを描いたのは  ルネサンスの扉を開いたとされるジョットならではの表現だったのでしょう ジョットと同時代の人は 今までの神聖な表現と違うこのマリア様に とても親近感を感じたでしょうし そこにまた新たな信仰を見出したかもしれない ただ「現代人」の私には このジョットのマリア様を見たからと言って それはあくまで女性としてのマリア様でしかなく 彼女からは なんの宗教性も感じることはできません 神聖であるべき仏の存在・・ 仏教においても お釈迦様のすばらしさをこの世のものとは違う形で表してきました そして受胎についても 本人が白象に乗り天から降りてきて胎内に入るという現実感のないものです ですが この摩耶夫人の釈迦出産を表した小さな像は 実に愛くるしくほほえましいです 現実感のない表現とはいえ そうかぁ こうやってお釈迦様は生まれたのかと納得してしまいます キリスト誕生 釈尊誕生 どちらの図像を見ても私には信仰心はわきませんが これらを描いたり造ったりした人の心 作ろうとしたものに対する愛情を 作品の中から 私は感じ取っているような気がします 作者の信仰心や感動を 聖書や仏伝から得たさまざまな場面に変えて描かれた作品の中に 私たちは見て取っているのかもしれません  ちなみに偶然かどうか私にはわかりかねますが どちらの図像にも飛天がいるのがわかります マリア様のほうには イエズス様誕生を賛美するために馬小屋の上に天使さまが舞い降りています 摩耶夫人のほうには 天人が二人 侍従のように摩耶夫人に寄り添っています 裾のひるがえり方などから おそらくこの二人は雲に乗り中空にいることを表していると思われます 天人は化生した菩薩でしょうか 天部に属する神様でしょうか いずれにせよジョットの描く天使と同様に お釈迦様の誕生を祝っていることには間違いないと思います どちらのお母さんも美しい庭で花を手にすることで自らの子供との縁をつくっていくし 飛天たちの扱い方にしても どことなく似通っていて 本当に面白いなと思っいます  伝説や逸話やそれらを表現する方法には 洋の東西を問わず 共通する人間の感情あるのだろうと私は感じました paragone-index or back to top