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エルサレム入城と燃灯仏授記
※ 太字について・・BUDDAの用語集に説目があります ※ 上の二枚の画像をクリックすると 全体が見えます
左はアンブロージョロレンツェッティの「エルサレム入城」の絵です 人間の子としてマリアとヨセフの間に生まれたイエスキリストは  洗礼者ヨハネによって ヨルダン川で洗礼を授けられ 悪魔の誘惑と戦いながらも 様々な奇跡を起こしながら弟子たちを招命し 人々を神の国へ導くよう説教をしてめぐります エルサレム近くに来た時にキリストは「私は十字架にかけられ三日後に復活するだろう」と予言します おりしもエジプト脱出を祝う過ぎ越し祭のためにエルサレムの城の周りに集まっていた人々は イエスを見て 「主の名のもとに来た者に祝福あれ」と彼の入城を喜びました 多くの人がオリーブの葉や自分の衣服を道に敷き ロバに乗ったイエスとその一行を歓迎しました しかし このエルサレムの入城はキリストの受難の始まりでもありました この後ユダの裏切りにより イエスは彼の人気をねたみおびえる為政者によって処刑されることになります 右はガンダーラの石仏 テーマは「燃灯仏とメーガ」です 燃灯仏とは燃えさかる炎を背負った世界で最初の仏陀(悟りを開いたもの)であるとされています 釈迦も悟りを開いて仏陀になるわけですが 彼がなぜそのような立派な人であったかというと 生前に善行をたくさんしていたからだとされています(本生譚にいろいろな逸話があります) その善行のひとつが この燃灯仏との出会いの場面です 釈迦の前世の身であるメーガという青年が修行に励んでいた時に 燃灯仏が都に向かっていると知り出迎えに行きます 花売りの女性から蓮の花を五茎求め(石板の右下)それを仏に向かって散華(石板左の立っている人)します この時にメーガが仏に誓願をたてると 五茎の蓮は宙に浮かび(石板の上方) 燃灯仏は沼地に一歩踏み出されました メーガは足元が汚れないように ひれ伏して自分の髪を地に敷きました  それをみた燃灯仏は彼の態度にいたく感心し「汝 釈迦になり仏陀となるであろう」と授記(予言)しました 瞬間 メーガの体は宙に浮き(石板左上) 仏に向かい合掌したといいます 高貴な方尊敬する方に対して人はどのような態度をとるのか・・ 洋の東西を問わず 宗教を語る物語の中に同じような記述があることに 私はとても興味を覚えました ただ内容的には非常にちがうなと思ったところもあります キリスト教ではひれ伏される側が主人公たるキリストであること 仏教ではひれ伏す側が主人公たる釈迦(メーガ)であることです この違いは 私にとっては宗教のあり方(教えのあり方)を考える上で大きな差だのように感じます キリストはこれから受難されるわけですから ましてそれは私たちの贖罪のためですから キリスト教にとっては 彼をあがめ奉ることは非常に大事な要素になるといえます キリストの受難があってこそ 私たちは天国へいけるのです つまり 彼にひれ伏すということは キリスト教への信奉の証なのだとおもうのです 聖書ではそういうことを伝えることで キリストの偉大さを説き人々を導こうとしました 仏教のほうはどうでしょう メーガの行為には 誰のためでもなく自分の目標のために仏に向かう真摯な様子が伺えます そして 大事だと思う方の足元を身を呈してそっとお守りすること 大げさに命などをかけなくても これなら私たちにもできそうなことです そのような行いが大事であると私は教えられている気がします 私は二つのこの話を同時に聞いたとしたら メーガの話のほうに共感を覚えます イエスキリストは立派過ぎてまぶしすぎるくらいです 誰にでもできそうなことを教えてくれるメーガの物語が私は好ましく感じました paragone-index or back to top